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数えで100歳 100 years old next year [母とのこと]

11月4日

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1週間後、地域おこし協力隊向けの写真室をするので会場の旧荒沢小学校へ打ち合わせに行きました。廃校になって久しい体育館です。(左上)
午後から白根プールに泳ぎに行き(右上)、帰りは8号線沿いのゲーセンで漫画を見ながら軽い夕食をとりました。(下)ゲーセンにかかる明るい月を見ながらしただの家に帰ります。
いつもと変わらぬ日常でしたが、夜母の特養からの突然の電話で救急車で新潟市内の病院に運ばれたとのことでした。そして慌てその病院に駆けつけるともう心肺停止で、22時54分私の到着時間が死亡時刻となりました。急なことで実感ありません。特養のケアマネさん、当直医、葬儀屋さんとずっと話し相手がいてくれて平静が保てました。

11月5日

松浜の実家に葬儀屋さんの車で母を運び、そのまま3時過ぎまで今後の打ち合わせをしてから必要なものをとりにしただの家に向かいます。

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しただのパソコンに母の写真があるのでデータを探すのですが、いっぱい撮っていて探すのに一苦労でした。このブログの記事を頼りに母の写っている写真を探します。奇跡的に割にいいカットが発見出来ました。喪服などを持って松浜の実家に戻りました。お寺さんに渡す現金が手元や預金にも無いと気づき、慌ててもう一度しただと往復します。
しただに来て15年近く、畑仕事の手伝い、ツアーガイド、写真教室など・・・ほぼボランティアみたいなことで得たヘソクリが結構ありました。ちょこちょこここから引っ張り出して使っていた割に結構残っていて先ず要るお寺の払いには充分で葬儀屋さんへの支払いには少々足りない程度でした。まあ何かと現金が必要なことが続きそうなんで心強いです。浮世の沙汰にお金はねぇ〜

11月7・8日

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6日はお寺の大イベントがあり、7日通夜、8日葬儀になりました。
数えで100歳なんで母の親しい親戚友人もほとんど亡くなっているしコロナ禍なのであまり知らせず家族と従姉妹だけでこじんまりとやりました。少人数な割に通夜にも葬儀にも喪主挨拶をしたがるのは最近のツアーガイド暮らしのせいでしょう。

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母はお骨になって実家に戻りました。
皆んなが東京に帰り独りになるとさすがに寂しいです。このまま葬式が続けばいいのにとまで思いました。
松浜の新井郷川脇のスーパーにいます。寂しいけどきれいな夕焼けです。今晩はお骨の母と実家泊まりです。

11月9日

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葬式も昨日で終わりましたが、その後が届出、相続・・・と大変です。手伝ってもらう人もいなく独りでこなさないといけません。しかも季節がらしただでいろいろイベントがメジロ押しなんです。今日の八十里越ガイドは別の方に代わっていただきました。
先ずはしただに戻ります。実家の前に落ちていたモッコクの赤い落ち葉の色が目にしみます。イノチ色?(上)こっちに仏壇があるから母にはこちらにいてもらいます。
母と仲良しだったお隣のおばさんに挨拶に行ったり、喪服をクリーニングに出し、特養に母の荷物を引き上げに行き、亡くなった病院の支払いに寄ったり(左下)とすっかり夜になりました。
昨晩の皆既月食はさすがに見る気になりませんでした。昨日満月だったから今晩も明るい月です。

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