久しぶりのお寺ヨガ go temple yoga after a long while [スポーツ、ヘルス]
10月3日

9月は行けなかったので、久しぶりなお寺ヨガです。
しただから松浜に向かいます。阿賀野川の右岸を下ります。阿賀野川はとても水量の多い川で、これほどのかわを私は見たことがありません。お隣の信濃川なんて、そりゃぁ日本一長い川かも知れませんが、途中で分水されまくり貧弱な水量です。
この地点は海から20km以上入った所ですが、堂々とたくさんの水が流れています。下ると更に広くなり河口手前では1kmほどもある川幅です。右岸なので画面上では左から右に流れています。
上は右手に大きな中洲があります。下流にゆくに従い、幾つもの大きな中洲が出てきます。
サギやカワウの大群が見えます。(下)冬になるとカモやハクチョウの群れが加わってさらに賑わいます。

松浜本町のバス通りです。一番の目抜き通りのはずですが人影がありません。日曜の昼間なんですけど。(上)
本町の住宅地です。家はあっても人気はないです。(下)
私が新潟にUターンして15年近くなりますが、その間にもこの辺りの空洞化は目につきます。

この辺りは砂丘の南側です。海からの風の風下にあたり人が住み街が出来ました。魚が獲れる港のあるハマと呼ばれるエリア以外は気候が厳しくて、砂丘より海側は無人地帯でした。
砂丘の頂上に松浜神社があります。(左下)
砂丘の中腹から見た南側の眺めです。右手に阿賀野川が見えます。新潟平野は真っ平らで、遠くしただの粟ヶ岳まで望めます。(上)うっすら真ん中あたりに見えます。
右下はヨガをするお寺から砂丘に向かう道です。実家は砂丘を越えた海側です。母のスーパーに行く買い物ルートだったのですが、この急坂を買った荷物を持って上るのは大変だったようです。この坂の途中に戊辰戦争の時、長州兵に殺害された庄内藩士の碑があります。

下は、その母の買い物ルートのバス通りやその先のスーパー側です。ヨガのお寺の鐘楼前を通ります。
ヨガが始まる時間なので、松浜散歩を止めてヨガ会場のお寺の本堂に行きます。(上)

ヨガよかったです。このために60kmも道を走ってここまで駆けつけた甲斐がありました。この頃軽い腰痛があったのですが、ヨガのおかげでスッキリ治りました。
本堂側から見た先ほどの鐘楼です。参道の真ん中に立派なクロマツがあります。

ヨガを終え、新井郷川(上)沿いのスーパーに行きます。母の行ってたスーパーとは別のスーパーです。
下は新井郷川に浮かぶヒシです。

実家に帰り4時だけど早々に飲み始めます。
これは先日北八ヶ岳に行った時、友だちにもらった獺祭です。しらびそ小屋の仲間と西国分寺駅に集まってよく飲むのですが、その時これを飲んで旨い旨いって言うもんだからお土産にいただきました。私は六日町の高千代を持ってゆきました。高千代も旨いよー!高千代は私たちが巻機山によく行ってた頃の思い出の酒でもあります。

カラカラで飲むなんてまだらっこい飲み方なんかしなかったのですが、最近酒に弱くなってちょうどいいペースです。だいたい日本酒じゃなく泡盛を飲む酒器なんですけどいっさぁ、おいしく飲めりゃ。中に陶製の破片が入っていて、振るとカラカラって音がします。これを沖縄で買う時、私の一番の飲み友だち(もう亡くなってます。)が一緒にいて「お前それで酒飲む?」って聞かれました。飲むに決まってるじゃん、無粋な奴だなぁって思ったものです。ところが、帰ってからこれで飲んだのは1度だけでした。なぜか!普段コップ酒専門だから一旦、こんなものに注いで更にコップに注ぎ直して飲むなんて面倒くさいので使わないんです。さすが我が飲み友だちです。飲兵衛のせいたいを知り尽くしています。いい友だちだったなぁ!いろんないい友だちがたくさんいることは幸せなことです。そんな連中もだいぶ亡くなってはいますが、思い出の中には生きているんです。

9月は行けなかったので、久しぶりなお寺ヨガです。
しただから松浜に向かいます。阿賀野川の右岸を下ります。阿賀野川はとても水量の多い川で、これほどのかわを私は見たことがありません。お隣の信濃川なんて、そりゃぁ日本一長い川かも知れませんが、途中で分水されまくり貧弱な水量です。
この地点は海から20km以上入った所ですが、堂々とたくさんの水が流れています。下ると更に広くなり河口手前では1kmほどもある川幅です。右岸なので画面上では左から右に流れています。
上は右手に大きな中洲があります。下流にゆくに従い、幾つもの大きな中洲が出てきます。
サギやカワウの大群が見えます。(下)冬になるとカモやハクチョウの群れが加わってさらに賑わいます。

松浜本町のバス通りです。一番の目抜き通りのはずですが人影がありません。日曜の昼間なんですけど。(上)
本町の住宅地です。家はあっても人気はないです。(下)
私が新潟にUターンして15年近くなりますが、その間にもこの辺りの空洞化は目につきます。

この辺りは砂丘の南側です。海からの風の風下にあたり人が住み街が出来ました。魚が獲れる港のあるハマと呼ばれるエリア以外は気候が厳しくて、砂丘より海側は無人地帯でした。
砂丘の頂上に松浜神社があります。(左下)
砂丘の中腹から見た南側の眺めです。右手に阿賀野川が見えます。新潟平野は真っ平らで、遠くしただの粟ヶ岳まで望めます。(上)うっすら真ん中あたりに見えます。
右下はヨガをするお寺から砂丘に向かう道です。実家は砂丘を越えた海側です。母のスーパーに行く買い物ルートだったのですが、この急坂を買った荷物を持って上るのは大変だったようです。この坂の途中に戊辰戦争の時、長州兵に殺害された庄内藩士の碑があります。

下は、その母の買い物ルートのバス通りやその先のスーパー側です。ヨガのお寺の鐘楼前を通ります。
ヨガが始まる時間なので、松浜散歩を止めてヨガ会場のお寺の本堂に行きます。(上)

ヨガよかったです。このために60kmも道を走ってここまで駆けつけた甲斐がありました。この頃軽い腰痛があったのですが、ヨガのおかげでスッキリ治りました。
本堂側から見た先ほどの鐘楼です。参道の真ん中に立派なクロマツがあります。

ヨガを終え、新井郷川(上)沿いのスーパーに行きます。母の行ってたスーパーとは別のスーパーです。
下は新井郷川に浮かぶヒシです。

実家に帰り4時だけど早々に飲み始めます。
これは先日北八ヶ岳に行った時、友だちにもらった獺祭です。しらびそ小屋の仲間と西国分寺駅に集まってよく飲むのですが、その時これを飲んで旨い旨いって言うもんだからお土産にいただきました。私は六日町の高千代を持ってゆきました。高千代も旨いよー!高千代は私たちが巻機山によく行ってた頃の思い出の酒でもあります。

カラカラで飲むなんてまだらっこい飲み方なんかしなかったのですが、最近酒に弱くなってちょうどいいペースです。だいたい日本酒じゃなく泡盛を飲む酒器なんですけどいっさぁ、おいしく飲めりゃ。中に陶製の破片が入っていて、振るとカラカラって音がします。これを沖縄で買う時、私の一番の飲み友だち(もう亡くなってます。)が一緒にいて「お前それで酒飲む?」って聞かれました。飲むに決まってるじゃん、無粋な奴だなぁって思ったものです。ところが、帰ってからこれで飲んだのは1度だけでした。なぜか!普段コップ酒専門だから一旦、こんなものに注いで更にコップに注ぎ直して飲むなんて面倒くさいので使わないんです。さすが我が飲み友だちです。飲兵衛のせいたいを知り尽くしています。いい友だちだったなぁ!いろんないい友だちがたくさんいることは幸せなことです。そんな連中もだいぶ亡くなってはいますが、思い出の中には生きているんです。
2021-10-07 21:29
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コメント(2)
お酒はガマンです。日本酒のことですが。
女性が
歩いている路地、いいですね。
by 夏炉冬扇 (2021-10-11 07:14)
独りで飲んでもたいしてうまくないので、禁酒にそれほどガマンの必要が無かったです。
砂丘の南には古い家が密集していて、狭い路地がたくさんあります。
by モリガメ (2021-10-12 08:02)